私たちは、ずっと
製造業の「中の人」
でした。
ℹ️ このページで分かること
- ・ 元町工場(河内長野の金属加工会社)でのリアルな現場体験
- ・ 「管理がないことの怖さ」を自ら経験したエムネットくらうど誕生の経緯
- ・ なぜ「システム会社ではなく製造業が作ったシステム」なのか
- ・ 日本の製造業全体に広げていこうとした理由
エムネットくらうど(M:net)は、元町工場が開発した、従業員20〜100名規模の製造業向けクラウド生産管理システムです。
私たちはもともと、ITの会社でも、DXの専門家でも何でもありませんでした。
日本ツクリダスを立ち上げる前、私は祖父が創り、父が2代目で引き継いだ町工場で働いていました。 家業に入ることは、私にとって自然な流れでしたが、いざ現場に入ってみると——想像以上に、大変だったのです。
祖父が創業し、父が経営する町工場。私のルーツはそこにあります。
とある大手製造業の下請けとして産業機械の部品や治具の製造を請け負う会社でした。この会社からいただくお仕事が全体の99%…100%と言えるほど1社依存で仕事をしている会社です。
産業機械の部品や治具を、金属を削って作る仕事です。 多品種小ロット——つまり、同じものを大量に作るのではなく、 お客さんごとに違う形、違う素材、違うサイズの部品を、一つひとつ仕上げていく。 そういう現場でした。
この会社の強みは、スピードでした。 お客さんの工場で機械が壊れた。ラインが止まった。今すぐ部品が必要だ。 そういう電話が来ると、職人たちは即座に動きます。 ものによっては数時間で仕上げて、その日のうちに納品する。 「困ったときの○○さん」として、長年お客さんに頼られてきた会社でした。
技術も、スピードも、信頼もあった。 ただ、私が入って気づいたのは、その強みが「管理がなくてもどうにか成り立ってしまう仕事」に 支えられていたということでした。 特急対応は、納期が短いから管理しなくてもなんとかなる。 でもそれは裏を返せば、管理が必要になるような「長い仕事」を そもそも受けられていなかったということかもしれない。 お客さんが長い納期の仕事を他に出していたのか、 それとも最初からうちには頼まなかったのか—— 当時の私には、それを確かめる術すらありませんでした。
仕事は来る。こなす。請求する。また仕事が来る。 その繰り返しの中で、数字もプロセスも、誰かの頭の中にしかありませんでした。 管理がないことで、どれだけの機会を逃してきたか。 それを考えはじめると、少し怖くなりました。
図面は感熱紙のFAXで届きます。
くしゃくしゃに丸まった紙に、
辛うじて読める線。
月末になると、父と一緒に夜中まで伝票を手書きします。 「これ、絶対どこか漏れてるよな」と思いながら書く。 でも確認する術がない。というか、そもそも何件受けたかも、正確には把握できていません。 書き終わっても、「これで合ってるか」という不安が消えないまま翌朝を迎える。 そういう夜が、毎月末にありました。
納期は「たぶん大丈夫」という感覚で管理されていました。 お客さんから電話が来て初めて「あ、あれまだだったか」となる。 現場の担当者はそれぞれ一生懸命やっているのに、誰も全体を見渡せていない。 情報があちこちに散らばっていて、誰かが聞きに行かないと何も分からない。
一番つらかったのは、お客さんに怒られることよりも、 自分が「今日、何が終わって、何が残っているか」を答えられないことでした。 家業に入った自分が、自分の会社のことを答えられない。 その感覚は、今思い出しても少し苦しくなります。
これは、あの町工場だけの話ではなかったと、後になって気づきました。 製造業の現場というのは、どこもだいたい同じ構造をしています。 優秀な人が揃っていても、仕組みがなければ情報は人の頭の中にしか残らない。 その人が休んだ日に、初めてそれが分かる。
「これは人の問題じゃない。
仕組みがないだけだ」
まず、100均でカゴを買ってきて、図面の置き場所を決めました。 次に、エクセルで受注の一覧を作りました。 何件来ていて、それが今どこまで進んでいるかを、字で書きました。
それだけで、何かが変わりました。
催促の電話が減りました。ある日、長年のお客さんから「最近、安心して頼めるね」と言われたんです。 その一言が、今でも忘れられません。ずっと「なんとかやっている」状態だったのが、 初めて「ちゃんとやっている会社」として見てもらえた気がしました。
そして——「だったら、もっと仕事を出すよ」と言ってもらえるようになりました。 管理することで、売上が上がる。当たり前のことかもしれませんが、 私はそのとき初めて、体でそれを理解しました。
変わったのは、お客さんとの関係だけではありませんでした。 現場のスタッフの顔つきも、少し変わったと思います。 「今日何をすればいいか」が分かると、人は落ち着いて仕事ができる。 追われている感じが減ると、現場が静かに、でも確実に動くようになりました。
同時に、少し悔しくもありました。 もっと早くやっていれば、もっと早くお客さんに信頼してもらえていたんじゃないか、と。 現場のスタッフにも、もっと早く「動きやすい環境」を作れていたんじゃないか、と。 でもその悔しさが、今の仕事につながっています。 同じ現場で、同じように「なんとなく回っている」状態の方に、 少しでも早く伝えたい——その気持ちが原点です。
「そんなので金になるのか」と言う人もいる。
でも私たちは知っている。管理は、信頼になる。信頼は、仕事になる。
2013年、システムの開発を始めました。
これは最初から、売るつもりで作りました。
家業での経験を経て、2013年に独立し、日本ツクリダス株式会社を創業しました。
立ち上げてからの製造ビジネスは、納期3日が当たり前の世界でした。 長くても3週間。つまり、1ヶ月先の仕事が手元にない状態が続く。 売上は作れても、来月どうなるかが分からない——そういうフロービジネスの不安定さを、 ずっと抱えていました。
だったら、積み重なっていくビジネスを自分たちで作るしかない。 その答えとして行き着いたのが、製造業向けのシステムでした。 経営者として「ストック性のある事業が欲しい」という切実な動機から生まれたものです。
ただ、作るからには自分たちが本当に欲しいと思えるものでなければ意味がない。 製造業の現場の「共通言語」は、図面です。 どんなに複雑な案件でも、現場の人は図面を見れば話が通じる。 だったら、図面を起点に情報がつながる仕組みを作れば、 難しいことを覚えなくても自然に使えるはずだ——。 図面にバーコードを貼って、ピッとかざすだけで進捗が動く。 そんな発想から、エムネットくらうどは生まれました。
開発から2年かかって、ようやく1本目が売れました。 そのときの気持ちは、今でもよく覚えています。 自分たちの現場で感じてきた「この不便さを何とかしたい」という感覚が、 ほかの製造業の方にも確かに届いた瞬間でした。
現在、170社超
の方に使っていただいています。
170社超と聞くと多く感じるかもしれませんが、私にとってはそれぞれの会社の顔が見えています。 導入のご相談をいただくとき、みなさん最初は同じことを言うんです。 「うちの社員、機械は触れるけどパソコンは苦手で」と。 でも不思議と、使い始めると現場の人の方が先に覚えてくれる。 楽になることって、人は自然と続けられるものなんだと、何度も実感してきました。
導入して半年後に「最近、残業が減りました」と言ってもらえたこと。 「担当者が変わっても引き継ぎがスムーズにできました」と連絡をもらったこと。 そういう話を聞くたびに、この仕事を続けてきて良かったと思います。 私たちが最初に自分たちの現場で体験したことが、ちゃんと別の誰かのところでも起きている。 その積み重ねが、私たちの一番の財産です。
日本の製造業は、
まだ変われると思っています。
「DX」という言葉が広まって久しいですが、正直なところ、 製造業の現場にとってはまだまだ遠い話に聞こえているんじゃないかと思っています。 大きなシステムを入れる予算はない。ITに詳しい人材もいない。 「うちには関係ない」と思いながら、でも何かしなければという焦りだけがある。 そういう方に、私は何度も会ってきました。
でも実際に現場を変えてきた経験から言うと、 大きな投資をしなくても、変わることはできます。 最初は図面の置き場所を決めるだけでいい。 次に、今日の案件を一覧で見られるようにするだけでいい。 その積み重ねが、半年後には「会社が変わった」という実感になっていく。
私たちがこれからやりたいのは、そういう「小さな変化」を もっと多くの製造業の現場に届けることです。 全国に、技術はあるのに管理が追いついていない現場がたくさんあります。 腕のいい職人がいるのに、それが正当に評価されていない現場がある。 そういう場所に、私たちが最初に体験した「変わる感覚」を届けたい。 大げさに言えばそれが使命ですが、正直そんなに格好いい話でもなくて、 ただ、同じ苦労をしてきた仲間として、一緒に良くなっていきたいというだけです。
大きな改革じゃなくていい。
昨日より、今日が少し良くなればいい。
派手なDXとか、デジタルトランスフォーメーションとか、そういう言葉は苦手です。 私たちが目指しているのは、もっと地味なことです。
- —現場の人が、今日何をすればいいか迷わない。
- —図面がどこにあるか分かる。誰かが休んでも仕事が止まらない。
- —お客さんからの信頼が積み重なっていく。
そういう、じわじわと良くなっていく感じを一緒につくりたいと思っています。
「お客さんに喜んでもらえたら、自分も嬉しい。 その循環があるから、私はこれをやり続けているんだと思います。 世の製造業を良くしたいとか、そんな大げさなことは正直あまり考えていない。 ただ、同じ苦労をしてきた人に、少し楽になってほしい。それだけです。」
— 代表取締役 角野 嘉一
